マンガ編集者の原点 Vol.4 「東京タラレバ娘」「カカフカカ」の助宗佑美(講談社クリエイターズラボ IP開発ラボ・リーダー)
マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズ。第4回で登場してもらったのは、講談社クリエイターズラボでIP開発ラボのリーダーを務める助宗佑美氏。Kiss(講談社)編集部時代に、東村アキコ「東京タラレバ娘」、石田拓実「カカフカカ」など、数々のヒット作品を手がけた編集者だ。2018年には関西テレビ制作のドキュメントバラエティ「セブンルール」でもその人となりが特集されるなど、仕事・プライベートともに注目度の高い仕事人である。
取材・文 / 的場容子
小沢真理マンガの世界観そのままの家で打ち合わせ
助宗氏は2006年に新卒で講談社に入社し、女性マンガ誌Kiss編集部に配属。マンガが大好きな大学生が編集者になり、最初に担当したのは小沢真理の「苺田さんの話」だった。
「前任者に引き継いでもらい、1巻の途中あたりから私が1人で担当することになりました。それまでも、指導社員である先輩に付いて打ち合わせなどに参加させてもらってはいましたが、いきなり新入社員が担当って、先生にとっては不安だと思います。だけど、先生ご自身が当時すでにベテランだったということもあり、先輩のサポートを受けながらスタートしました」
「苺田さんの話」は、デザイナーを目指して上京した青年・衣温(いおん)と、おしゃべりする不思議な人形・苺田さんの同居生活を描いた物語。2006年から2010年まで連載され、単行本は全6巻が刊行された。助宗氏は、もともと母子で小沢作品の愛読者だったという。
「母がそもそもKissを買っていたんですが、とくに小沢先生の『世界でいちばん優しい音楽』が好きで、私も一緒に読んでいたんです。だから、『私があの小沢先生の担当になるの?』って、自分でも信じられない気持ちで。新入社員あるあるですけど、自分が読んでいて『いいな』と思っていた先生を担当するということで、最初はファンみたいな気持ちでドキドキしながら打ち合わせに行ったのを覚えています」
愛読していた作家との打ち合わせ。まずハートを掴まれたのは“家”だった。
「小沢先生のおうちで打ち合わせすることになったのですが、インテリアとか雰囲気が、マンガの世界観そのまんまだったんですよね。出していただいたかわいいお茶のカップや、トイレにある鳥の置物まで、すごく乙女チックというか。マンガの中に入ったような感覚になって、『ああ、やっぱりマンガって、その人の生き方や好みが出るんだな』『作品に作家性が出るってこういうことなのか』と、やっぱりファンの気分で感激したことを覚えています」
「苺田さんの話」をはじめとする小沢作品の際立った魅力の1つは、おしゃれでときにガーリーなインテリアや、キャラクターたちの愛らしいファッション。読者は物語と世界観をともに愛する。そうした小沢ワールドを前にし、しかも最初の担当作ということで、いささか力が入りすぎた部分もあったという。
「主人公の衣温が服飾の専門学校に通っていて、人形の苺田さんに服を作ってあげるエピソードがたくさん出てくるんです。なので『担当編集なのに、服の作り方なんて全然知らない……!』と焦って、1人で服飾の専門学校に取材に行ったりしました。当時は新人で、先生にネームのアドバイスもできないわけですし、せめてどんなふうに授業をやっているか見たくて伺ったんですが──今思えば先生も誘えばよかったです(笑)」
そんな前のめりな情熱は、小沢にも伝わったようだ。
「先生にもやっぱり『助宗さん1人で取材行ったの!? 言ってくれればよかったのに』と言われました。だけどありがたかったのは、『若い編集さんが作品に対して真摯であろうとしてくれるのがうれしい』『新しい担当者が自分の作品に向き合ってくれるのは、作品を作る意欲になる』と言ってくださったこと。それがすごく思い出に残っていて、技術がなくてもこういうふうに頑張ることができるんだなと、勉強になりました」
作家と好きなものを共有し、感性を理解する
それから数年が経ち、助宗氏は初めて企画から作品を練り上げる。それが、柘植文の「野田ともうします。」だった。地味だがちょっと変わった感性を持つ女子大生・野田と周囲の人物のシュールな日常を描いたショートコメディ作品だ。2008年から2014年まで連載され、単行本は全7巻。2010年にはNHKでドラマ化もされ、シーズン3まで放送された。
「初めて他社で執筆されている作家さんを口説いて作った作品です。今みたいにSNSも盛んではない時代で簡単に連絡も取れないし、引っ込み思案だしびびっていました。先輩に頼んで、柘植さんが描いている出版社の知り合いに電話してもらって、『うちの若い子が興味あるんだけど、紹介してもらえる?』と頼んでくれるのを、横で突っ立って聞いていました。その後喫茶店で実際に柘植さんを紹介してもらうときにも、『この子が話したいんだって』という感じでバトンを渡してもらって。なので、柘植さんとの初対面では“めちゃめちゃ引っ込み思案な新入社員”に見えたと思います(笑)」
正直、今目の前にいる助宗氏のエネルギッシュな雰囲気からは想像できないような、うぶさを感じさせるエピソードである。
「自分がマンガアプリ・Palcyの編集長になったときに若い人に言っていたんですが、新入社員が会いに来てくれるのって、作家さんにとってすごくうれしいことだと思うんですよね。技術はないけど、好きって気持ちが伝わるじゃないですか。入社して初めてのオファーって、“ビジネスで会いに来た”とか、“今の雑誌にはこの人が必要”とかじゃなくて、まずは好きな人に会いに行くと思うんで。新入社員の頃は、動いておくと得な時期だと思います。
好きな気持ちを積極的に伝えに行って、たとえ仕事ができなかったとしても、『新入社員のときに会いに来てくれた人だよな』というのが後でつながったりする。私もすごく緊張して会いに行ったので、そのときの態度はそんなに褒められたものではなかったですけど、もしかしたら柘植さんもうれしく思ってくれたのかも、と思います」
さて、「野田ともうします。」は、Kissでもっともメジャーである恋愛を主軸にしたストーリーマンガとは異なる、ショートのギャグ作品だ。編集者としてどのように作品にコミットしていたのだろうか。
「ショート作品って作家さんが自分でアイデアを思い付いたり、構成したりする部分が大きいので、基本的には作家さんがひらめくのを待つ仕事だなと思いました。直接ネタについて話すというより、柘植さんが好きなものを教えてもらい、自分も体験して彼女がどういうものをどう面白いと思ってるかをキャッチアップして、なるべく面白さを共感できる人になることを目指していましたね。
例えば、柘植さんから『このラジオ面白いよ』と教えてもらったら、それを聞いて『こういう感性が好きなのか』というのを共有する。当時、柘植さんが大好きだったエレキコミックと片桐仁さんがやっていたエレ片というユニットのラジオをよく聴いていて、ライブにも2人ですごく通っていました(笑)」
石田拓実という得がたい天才「人間は一本の管やからな」
好きなものを共有し、作家の感性を理解するのは編集者として大事な動きだ。その後、さまざまな経験を積んだ助宗氏が心底惚れ込んだ作家、石田拓実についても語ってもらった。
「石田拓実さんの『カカフカカ』を担当して一緒に作ったのですが、『この人天才だな、大好きだな』と思いながらやっていました(笑)。東村アキコさんに紹介してもらって口説きに行ったのですが、東村さんのエッセイに登場する石田さんの描かれ方を見てもわかる通り、東村さんも石田さんのことを天才だと思っているんですよね。石田さんとは、最初は東村さんが気を利かせてくださり何かの会で席を隣にしていただいて知り合いになって、そこから何年かかけて口説いて、描いてもらうことができました」
「カカフカカ」は、就活に失敗して行き詰まったヒロイン・亜紀が中学時代の元カレ・智也に再会し、EDになっていた智也はなぜか亜紀にだけ性的に反応するが……という、男女の心と性の機微を描いたラブストーリーの名作。2013年から2021年まで連載された全12巻の作品で、2019年にはドラマ化された。マンガ家として、人としての石田の魅力はどんなところかと聞くと、思ってもみないような名言が飛び出した。
「石田さんって、なにげなくボソッと言った一言が人生の真理をついているんです。私は石田さんのマンガって、セクシャルな部分をただのエロじゃなく描くところが魅力的だなと思っていて。『“人は、そもそも相手が好きだからセックスしたいのか、それとも本能的にセックスという行為が好きなのか、結局どっち?”みたいな話を読みたいです!』という超曖昧なオーダーをしたんです。そのときの石田さんの第一声が、『人間は一本の管やからな』だったんですね(笑)。人間をふくめたあらゆる生物はつまるところ口から肛門までの一本の管であって、管の中に物が通るのは気持ちいいので、食べるのも快楽だし挿入されるのも快楽だ、と。びっくりしましたけど、それも私の問いかけに対する彼女なりの1つの答えだと思うんです」
「好意と行為はどちらが先に立つのか」という問いに対する、まさかの生物学的(?)な答え。単純で深淵。これだけでも石田という作家の特異性が十分にうかがえる。
「そういう哲学的というか概念的な話を楽しくいっぱいした先に、『カカフカカ』という、『なぜかヒロインだけに勃起する元カレ』をテーマにした話ができました。だから、『男女のこういう感じの恋愛を描いてください』みたいなアプローチとは全然違うところから作品ができあがったんです」
軽妙なタッチで描かれる「カカフカカ」のとっかかりは、禅問答のようだった。石田は、まるで古老の哲学者のようだ。
「ほんと、そういう感じです。言うなれば、理系と情緒が合わさった女、でしょうか(笑)。石田さんは誰かに教えたいから問答しているとかそういうことではなくて、ただ彼女なりに話しているだけなんだけど、聞いていると『なるほど、人生にはそういう側面もあるのか』と気付かされることが多かったです。私の30代の思考を豊かにしてくれた人ですね。本当に親友と話し込んでいるみたいだし、こんな深い話を人として、それが作品になるなんて!という感動がある作家さんで、やっていて楽しかったです。
普通に生活していて人と深い話をすることってあんまりないじゃないですか。込みいった話をするほど人間関係が深まるにはかなり段階が必要だと思うので。だけど、マンガ編集とマンガ家って、うまくいけば会った日にそこまで到達できる。友達でも家族でもない、『テーマを話しましょう』という関係性から入ってぐっと深い仲になれる。そうした特別な関係を人と築ける、本当にマンガ編集って魅力的な仕事だなと思います。石田さんがそう感じさせてくれました」
石田の天才がビカビカに輝く一方で、原稿の上がりには苦労したという。
「本当に本当に遅かったですね(笑)。しかも石田先生、食べるのを忘れちゃうところがあって。差し入れを持っていった際に、『助宗はん……ありがたいんですけど、これ両手じゃないと食べれないです』って言われて(笑)。作業しながらだから、片手で食べられるものを求めていたり、ひどいときには食べるのを忘れて頭がぐらぐらしているので、私が口の中にラムネを突っ込んだりしてました(笑)。そんなこと30代になって普通はやらないので、部活みたいな感じもあって楽しかったですね(笑)」
東村アキコからから学んだ「時間の使い方」
石田の盟友であり、もう1人の天才・東村アキコからは「時間の使い方」を大いに学んだという。
「東村さんはめちゃめちゃハードに連載していたのですが、働く時間をしっかり決めていたんです。時間を区切って、その中で集中して仕上げる。そういうやり方で作品を描いている人もいれば、常に時間をべったり使って創作しながらヒットを出す石田さんみたいな方もいる。人それぞれなんだなと思ったときに、最大限才能を活かすスタイルを実践されている作家さんを愛したいなと思いました」
編集者としても、その生き方や時間の使い方で、心がけていることがあるのだそうだ。
「女性マンガ家に限らず、ライフステージの変化によって生活が変わりますよね。『子供が生まれたばっかりなので、少しペースを落として描きたい』という人もいれば、『今はバリバリ描きたい』という人もいる。自分自身も子供を産んだり育てているので、人生っていつも100%“ふかして”いるわけではなく、たまに抑えなきゃいけなかったり、もしくは『ここで120%出す!』みたいな局面もある。そんな、人生におけるいろんな波をお互い乗りこなしていくことも大事だと感じました。そのために、編集者のほうでも乗りこなし方を工夫することができれば、いろんな個性、いろんな生き方をしている作家とうまく付き合えるのかなと思います」
読者のモヤモヤを言葉にしてあげる──女性誌の役割
Kissのキャッチコピーは「読むと恋をする」。大人女性の王道マンガ誌を掲げる同誌を作るにあたって、読者に対してどんなことを大事にしていたのだろうか。氏が関わった作品の中で、最大のヒット作である東村の「東京タラレバ娘」を引き合いに出しながら、日常の中の小さな気付きを顕在化することの大切さについて語ってくれた。
「『タラレバ娘』がヒットしたのって、東村先生のネーム運びのうまさなどももちろんですが、女性が20代後半に感じる“モヤモヤ”を明確化したことが大きかったのではと思います。当時の20代って、私のイメージでは『私たち、いろんなものになれるよね』という感じの空気だったんですよ。妻にもなれるし1人の女でもある、みたいな感じで、権利がだんだんと認められて女性の自由度が高まった結果、選択肢が多くなって選べない自分がいて。それが『タラレバ』では『独身でいる。だけどまだ何かあるはず』という形で登場しました。
そうした結婚や恋愛に関する『私、このままでいいのかな?』というモヤモヤを、『タラレバ』では『そこ、逃げてませんか?』と問う形で顕在化させたので、読者にグサッと刺さって受けたのかなと思っています。人は間違えることもあるので、何かをバシっと言い切るのってすごくドキドキすることですが、『これって○○じゃないの?』と言うのも、女性マンガにおける1つのエンタメの形なのかなと」
東村自身もマンガのあとがきで描いているが、「東京タラレバ娘」1巻が発売された2014年当時、同作を読んだ20代~30代女性の動揺はすさまじかった。かわいい顔して残酷な現実を突きつけてくるタラ&レバというキャラに打ちのめされ、一念発起した人も少なくない。東村のマンガには、常々“読者を抱きしめながら殴る”ようなところがあると思っているが、特に「タラレバ」は、読んだ後の読者になんらかの行動を起こさせる力のある、稀有な作品だ。
「『タラレバ』に限らず、作中で言われていることに共感できなくてもいいと思うんです。差し出されたものに対して、『私は違うと思う』とか『こういう言い方はないんじゃない?』とか、あくまで自分がどう思うかが大事。マンガでもほかのどのエンタメでもそうだと思います。ちょっと占いと似ていますよね。『あなた、○○だよ』って言われて『確かに!』と思っても『全然違う』と思ってもいい。誰かを深く傷つけるような言い方はよくないけど、作品が読む人にとっての鏡になれればいいなと思っていました」
「ゆみ 地方住み 27歳」アカウントの謎
そんな助宗氏がもう1つ大切にしているのは、いろんな人の意見を聞くこと。ちょっと、いや、かなり変わったやり方で情報収集をしているようだ。
「SNSってよくも悪くも自分に最適化されるじゃないですか。私は、もし他人に見られたらこの世で一番恥ずかしいもの=自分のTikTokアカウントだと思っていて(笑)。だって、少しでも下世話なものを見ると、アルゴリズムでまた同じようなものばかり表示されるので……鞄の中とか、部屋を見られるよりも恥ずかしいですね。何が言いたいかと言うと、SNSもリアルも同じで、いろんな人の意見を聞いているつもりでも、結局自分の環境や好みで偏った意見になりがちなんですよ。私の職場も、本好きというある種の偏った人たちばかりなので一緒にいると楽しいんですが、それだけでは情報収集としては足りないと思っていて。
だから、私はリアルのTwitterアカウントのほかに、ある属性に設定したフェイクアカウントをいくつか作っています。「ゆみ 27歳 地方住み なんにも面白いことがない」みたいな感じで設定して、同じような属性の人たちをフォローする(笑)。そのアカウントに流れてくる意見ってリアルの自分の生活圏では拾えないもの。同じゾーンの人たちがどういうことを話題にして、何を話題にしていないのかまで見ています。そこで得た情報を作家さんに話したり、『今のアラサーってこういうのが好きらしい』という知見を得たりする。趣味も兼ねて、今もやっています(笑)」
自分の“分身”アカウントを複数作り、架空の存在になりきってツイート。分身と同じような層から情報収集をする──ある意味、体当たりのマーケティングだ。始めたきっかけは子育てだった。
「ママ友など子供きっかけで知り合った人たちと話していると、お互いによく使っている単語を知らないことも多くて、私がうまく話を盛り上げられなかったんですよね。マンガの話題なら共通しているかも?と思って話題に出してみても、『マンガ? 「宇宙兄弟」を夫が買ってて読んでたかな』くらいの感じで、すっかり引っ込み思案の私になってしまって自分の話題の狭さを思い知りました。そこで自分が見ていた以外にも世界はいっぱいあるんだと知って、分身アカウントを作って遊ぶことを始めました(笑)」。
すぐには共鳴しなくても、「受け取ったボールを見せておく」
独自のSNSの使いこなし方も含め、助宗氏は人付き合いや、人への興味の向け方がとても上手だと感じた。人の心を開いてもらうテクニックがあれば、知りたいところだ。
「自分と合う人間と会った瞬間って、すごく楽ですよね。例えば恋をして、『この人と付き合うかもな』という予感がするときは、最初の会話がスムーズにいくことがすごく多いなと思うんです。仕事でも100%そういうふうにうまくいけば幸福なので、最初はそこを目指していたんですけど、好きな作家に会いに行っても、うまく共鳴できなかったりしてスムーズに話せなかったりする。最初は『とにかく会話を合わせられる人になろう』と思って四苦八苦していたものの、だんだん努力したところでいろんな種類の人と100%合うことなんてあるわけがない、と気付いて、この手法は違うなと思ったんです。
『共鳴しにくいタイプ同士がどう付き合うか』。こういう場合、無理やり勢いで会話を盛り上げたり、相手に呼応して即座に相槌を返すことでもなく、『今、私がボールを取ってますよ!』というのを相手に見せるのがすごく大事だと気付いた。つまり『あなたがこういうことを言いたい、というのを理解した』ことを伝える。だからといって『同意している』わけでもない。そうすると、共鳴や共感が起きなくても、タイプが違っても、こちらが話していることも相手に受け取ってもらえることが多く、別のアプローチで近付ける可能性があるのかなと思います」
同調でもなく、賛同でもなく、まずはきちんと「話をしっかり聞いて、相手の言いたいことを理解している」と伝えることは、なるほどコミュニケーションの基本なのかもしれない。むしろ「安易な同意」はマンガ創作の場においてときに危険だと、助宗氏は言う。
「共鳴できる人同士であれば、『わかるー!』って感動していればいいんだけど、マンガ編集ってすべてに賛同していればよい作品ができるわけじゃない。なのに、仲良くなるために焦って賛同や同意を“使って”しまうと、実際に作品を作るときに、例えば『このネームはちょっと違うな』と思ったときに、かえって率直に意見を伝えるのが難しくなってしまう。『受け取っていること』と『同意すること』は違うけど、ミットの中のボールさえ見せていれば、『同意です』と言わなくても関係性は築けるという気持ちでいます」
天才の条件は、まず“硬い核”があること
数々の作品をヒットに導いている助宗氏は、「作家の成功」についてこんなふうに語った。
「私は編集者ですが、自分が凡人だなと思うのは、相手が言ってることに対してよく『なるほどな』と思うからなんですよね。でも作家の天才性は逆だと思います。自分の強い感情や気持ちに意固地になれる作家って、わがままだと捉えられることもあるし、いい意味で『譲らない人だ』と褒められることもある。つまり『自分はこう思う』が強い。その強さは悩みにもなると思いますが、強さを捨てられないのもまた作家たるゆえだと思います。成功する作家は、必ずそれを持っている。だから作家さんと話していて『面白いな』と思うときって、話の展開やネタが面白いだけじゃなくて、その人の中に硬い感情や信念──核みたいなものがあることに対してだと思います。少なくとも、作家さんと話したときに『この人はいい作品、ヒット作が描けそうだな』と判断するとき、そこをポイントに見ていますね。
そこからは、その『硬い核』をどう一緒に扱えるかが大事になってきます。作家本人もその硬さゆえに苦しくなって描けない人もいるし、硬さゆえに誰かの人生を破壊しちゃうこともあるので、大変な勝負です。よい作品を描く作家の条件を私なりにまとめるとすれば、まずは①硬い核がある、②それをなんとかして編集者として一緒に扱うことができる、③作品に昇華できる──そんな感じで、3段階ぐらいでヒットが生まれるのではと。いくら“型”がうまくても、硬い核──いわば“個”がないと、作品が空っぽになっちゃうのだと思います」
作家と核。扱い方で作家の人生を輝かせるか、破滅させるのか180度変わる、恐ろしくも尊い“信念”。それを活かすためには、編集者は“柔らかい”ほうがいいのだという。
「その核を今の時代とか雰囲気、はたまたその作家のキャリアの中で、どう硬いままうまく表出させるかを考えるのが編集者の役割かもしれません。『次、これを描きませんか』という提案次第で、いい感じに作品に昇華される可能性があると思う。だから編集者は硬さのない、凡人のほうがいいですよね、きっと」
醍醐味は、東京ドームで5万人を実感する瞬間に
そんな助宗氏が編集者として醍醐味を感じる瞬間を聞いてみたところ、「東京ドーム」と意外な単語が返ってきた。
「趣味でアイドルのコンサートに行くんですが、東京ドームって収容人数が5万5000人くらいなんです。観客として行くと、その5万人が、ただ“数”としてだけではなく、1人ひとりの“顔”として見えるんですよね。みんな、コンサートのためにお化粧したり、お洒落してかわいくして来ているのを見ると、いろいろな人生があるんだなと、しみじみ思うわけです。そのうえで、例えば自分が担当した本が500万部売れたときに、『え、500万!? ここにいる人たちが5万人だから……ええっ!』って、改めて数字の大きさにびっくりするんです。
こういう人たちが1人ひとり本屋さんや電子書店でマンガを買ってくれて、『家に帰って読むぞ』とか、『お風呂出てから、いややっぱり寝る前に読もう』とか、作品に対してそれぞれの行動と、読んだ後の感想が存在するというのは、ものすごいことだなと。そういうことを、全然関係ないアイドルのコンサートで、5万人の女の子の顔を見て思ったんです。『これが編集者の醍醐味か』と(笑)」
5万人と口で言うのはたやすいが、なるほど、実際にそれだけの人数を目にすると感慨もひとしおだろう。作家に共有してもうれしがられそうなエピソードだ。
「毎年の年末に、『ジャニーズカウントダウンライブ』が東京ドームで開催されるので、それをテレビで観て実感してもらうのもいいかもしれませんね(笑)」
編集者は、いかに「自分以外の人を“ぎゅっ”とできるか」
編集者として、次々とユニークなエピソードを話してくれた助宗に、「編集者にとって大事なこと」を聞いてみた。
「自分以外の人に興味があって、しかも“ぎゅっ”とできるかだと思います。ほかの人のことを『わかりたいな』という思いでぎゅっと抱きしめられるか。というのも、どんなに優秀で鋭い考えを持っていたとしても、編集者という他者の才能に寄り添ったり、自分以外に本を届ける役割を果たすときに、自分にしか興味がない人ではこぼれちゃうものがある気がするんです。なので、いかに『自分以外の人をぎゅっとできるか』が重要かなと思います」
実感のこもった、温かい言葉が聞けた。とはいえ、他者への包容力は、技術や知識とは違って後天的に獲得するのはなかなか難しいかもしれない。
「もともとの資質もあると思います。さっきの話じゃないですが、5万人の女の子の顔を見たときにグッと来ちゃう、みたいなタイプの人のほうが向いているかもしれません(笑)。人それぞれの喜びや悲しみを大事にして生きている、みたいなところでしょうか」
Kiss編集部を経て、Palcyの編集長を経験した助宗氏が今情熱を傾けているのは、コンテンツビジネスの最先端だ。
「講談社のクリエイターズラボという組織内に、6月にIP開発ラボというチームを作り、今はそこのリーダーとして日々研究開発をしています。これまでは出版社ということで、マンガや小説、本という形で作家さんと物語を創ってきましたが、本にこだわらない形で物語を世に出すことにチャレンジする新しい部署です。今までマンガ編集のキャリアで学んだことを活かしながら、これまでの出版形態にこだわらないものづくりにチャレンジしています。よかったら見守ってください!」
助宗佑美(スケムネユミ)
2006年より講談社・Kiss編集部に所属。2018年6月にPalcy編集部へ異動し、2019年2月よりPalcy編集長に就任。2022年6月よりクリエイターズラボ のIP開発ラボでチーム長を務める。過去の担当作品に東村アキコ「海月姫」「東京タラレバ娘」、石田拓実「カカフカカ」など多数。